東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)30号の2 判決 1960年10月04日
原告 奥村文治
被告 日本手編工業株式会社 外三名
主文
被告エム式機械製造株式会社及び同東洋編機工業株式会社に対する関係において、特許庁が昭和三十二年抗告審判第一二二九号事件について昭和三十三年七月二十二日にした審決を取り消す。
被告日本手編工業株式会社及び同東京手工芸編物機株式会社に対する原告の請求を棄却する。
訴訟費用中原告と第一項の被告両名との間に生じた分は右被告らの負担とし、原告と第二項の被告両名との間に生じた分は原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨及び原因
原告は、特許庁が昭和三十二年抗告審判第一二二九号事件について昭和三十三年七月二十二日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告らの負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。
一、原告は、特許第二〇九一一七号メリヤス編機の特許権者であるが、被告日本手編工業株式会社、同東京手工芸編物機株式会社及び同エム式機械製造株式会社は、ほか五名の者とともに、原告を被請求人として、昭和二十九年十二月七日、特許庁に対し、右特許にかゝるメリヤス編機は訴外尾崎通泰が発明してこれを原告に製作せしめ、本件特許出願前一般に公開していたものであるから、出願前国内において公知公用に属していたのみならず、原告はその発明者でもない、との理由で、右特許につき無効審判を請求し、該事件は昭和二十九年審判第五〇七号事件として受理されたが、被告東洋編機工業株式会社ほか四名はそれぞれ右無効審判請求審理の途中において右請求に参加した。右無効審判事件は、審理の結果、昭和三十二年五月二十九日に、請求人日本手編工業株式会社及び同東京手工芸編物機株式会社(いずれも本件被告)の審判請求を却下する。特許第二〇九一一七号の特許を無効とする、との審決があつた。そこで、原告は同年六月十四日、右審決に対する不服の抗告審判を請求したところ、該事件は昭和三十二年抗告審判第一二二九号として審理された結果、昭和三十三年七月二十二日附で、右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があり、同年八月三日右審決書謄本が原告に送達された
二、右審決は、次の諸点において違法であり、取り消さるべきである。
(一) 右審決は当事者能力なきものを当事者とし、かつ僣称代理人の違法行為を看過し、誤つた当事者の表示のまゝでなされた点において違法である。すなわち、
右抗告審判請求事件の被請求人中、
(1) 本件被告日本手編工業株式会社は昭和三十一年十月二十四日にすでに解散しており、
(2) 本件被告エム式機械製造株式会社は、昭和二十九年七月八日代表取締役木原茂が退任し、昭和三十二年三月十二日に李仲秋が代表取締役に就任したことに登記簿上なつているが、昭和三十年七月中、前代表者木原が得意先からの契約代金約三〇〇〇万円の先渡手形を現金化したまゝ行方不明となつて今日に至つており、会社は廃業同然、その実体はなくなつたものであり、
(3) 本件被告東洋編機工業株式会社は、昭和三十一年九月二十五日代表取締役馬場耕五郎が辞任し、同年十月一日に池上栄太郎が代表取締役に就任したことに登記簿上なつているが、これ亦廃業同然、登記面のみ放置されてあるものであつて、会社の実体がなく、
(4) 訴外株式会社山王編機研究所は、昭和三十二年二月二十日に商号を株式会社大東精機工業所と変更し、同日本店を横浜市中区吉田町一番地に移転したものであるが、その以前すでに事業に失敗し、昭和三十一年十一月十日東京地方裁判所において和議が開始され、当時の社長代表取締役山本耕偉知は社長を辞任し、代表取締役田中諒が社長の名を襲つたが、これ亦会社の実体はなくなつたものであり、
(5) 訴外萩原機械工業株式会社は、本件特許無効審判の初審審理中、代表取締役萩原善五郎は、東京重機株式会社より請負代金二〇〇〇万円の先渡手形及び一般得意先よりの金一〇〇〇万円の先渡手形を現金化して逃亡、行方不明となり、会社は登記面こそ現存しているが、廃業同然で、その実体なきに至つていた。
これらの事由は本件特許無効審判の初審中に生じたものであつて、原告は本件抗告審判の審理の過程において、しばしばこれらの点について特許庁の注意を喚起したにかゝわらず、特許庁はこれらの被請求人代理人を僣称する弁理士市川一男ほか二名(前記(1)(2)(4)(5)の各当事者について)及び同杉本巖(前記(3)の当事者について)の違法行為に基いて右抗告審判事件の審理を進行し、各当事者の商号や本店所在地の表示を訂正することもなくして、本件審決をしたものであつて、右審決は違法として取消を免れない。
なお、本件無効審判請求事件におけるように多数人が同一の審決を求めている場合は、必要的共同訴訟に類する関係にあつて、その全員において被請求人に対する行為をする義務があり、その結果も同一に帰すべきことは、当然である。
(二) 本件審決は、被請求人らが指定期間内に答弁書を提出せず、適法な応訴行為に出なかつたことを看過してなされた違法な審決である。
すなわち、本件抗告審判の被請求人中、本件被告日本手編工業株式会社、東京手工芸編物機株式会社、エム式機械製造株式会社及び訴外株式会社本郷研究所、株式会社大東精機工業所(旧商号株式会社山王編機研究所)、萩原機械工業株式会社は、右抗告審判につき答弁書提出期間内に代理人も選任せず、かつ答弁書をも提出しなかつた。右懈怠の効果は、前項末尾記載の理由により、その他の被請求人らについても及ぶべきである。
(三) 本件審決は一事不再理の原則(昭和十五年(オ)第八二〇号大審院判決参照)に違反してなされた違法の審決である。
本件無効審判請求は、前記のとおり本件特許にかかるメリヤス編機は訴外尾崎通泰の発明したもので、しかも出願前公知公用に属していたことを理由として提起されたものであるが、右審判請求人たる被告らは右主張のとうてい維持し得ないことを覚るや、新たに昭和二十三年特願第九六九号公告にかゝる特許第一七七一〇五号の実施機と称する機械の写真及び実物を提出し、これによつて、原告の特許発明の出願前公知公用のものであることを主張した。本件抗告審判の審決は右証拠物及び証人宮下満吉等の証言によつて本件特許発明は出願前国内において公然知られたものと認めたうえ、本件特許を無効とする旨の初審の審決を是認したものである。
ところで、特許第一七七一〇五号の実施機と称する右機械は、そもそも本件特許出願の際拒絶理由として提出されたものと同一であつて、右機械についても、また証人宮下満吉等の証言についても、すでに昭和二十六年抗告審判第五六三号事件において十二分に審理された結果、本件特許出願にかゝる機械とは相異するものと認められ、特許出願公告昭和二十九年第四六七七号を経たうえ、本件特許の登録を得た次第である。本件審決が前記確定審決においてすでに審理を遂げた同一の証拠物、証人等を再び取り調べ、しかも右確定審決と反対の判断を下したことは、昭和二十五年(オ)第八二〇号大審院判決にも示されているような一事不再理の原則に反するものであつて、違法の審決であることを免れない。
(四) 本件審決には、特許無効審判請求人中右審判を求めるにつき利害関係のないもののあることを看過してなされた違法がある。
すなわち、本件特許無効審判の初審の請求人で、抗告審判の被請求人たる本件被告日本手編工業株式会社、同エム式機械製造株式会社、同東洋編機工業株式会社及び訴外株式会社山王編機研究所、同萩原機械工業株式会社は、本件特許無効審判の初審審理中、すでに会社の実体がなく、何らの営業もしていなかつたことは、前に主張したとおりであり、したがつて、これらのものは原告の本件特許の無効審判を求める利益を有しないものであるといわなくてはならないのに、本件初審の審決が本件被告日本手編工業株式会社及び同東京手工芸編物機株式会社について、該審判を請求するについての利害関係人と認めることができないとして、その審判請求を却下したにとゞまり、その他の請求人らの請求に基いて、本件特許を無効とし、本件抗告審判の審決も亦、右初審の審決の結論をそのまゝ是認したことは、違法の審決であると言わざるを得ない。
(五) 本件審決には、特許発明の新規性につき判断を誤つている違法がある。
本件抗告審判の審決が、昭和二十三年特願第九六九号公告にかゝる特許第一七七一〇五号の実施機と称する機械の存在によつて本件発明をその特許出願前国内において公に知られていたものと認めて本件特許を無効とした初審の審決を是認したものであることは、前記のとおりであるところから、右引用の機械は本件特許出願のものとは相異するものであること、前記昭和二十六年抗告審判第五六三号事件の審決においても明らかに認められたところである。また、被告らは、再び右昭和二十三年特願第九六九号公告にかかる発明をもつて本件特許発明と同一の発明であると主張しようとして、右特許権者たる宮下太郎及び浜井俊夫をして、特許法(昭和三十四年法律第一二二号によつて廃止された大正十年法律第九六号)第五三条の規定による明細書訂正許可審判の請求を、昭和三十年審判第二六五号及び同第二六六号として提起せしめたところ、請求人の申立は相立たない旨の審決があり、該審決はすでに確定している事実もある。
本件審決の認定は、右三件の確定審決にも牴触し、本件特許発明の新規性に関する判断を誤つたものであるといわなくてはならない。
三、よつて、こゝに右違法の審決の取消を求める。
第二被告らの答弁
一、被告日本手編工業株式会社の答弁
被告日本手編工業株式会社訴訟代理人は、次のとおり答弁した。
(一) 被告日本手編工業株式会社は解散して現に清算中であるが、その余の被告及び訴外各会社は手編機の製造販売を目的として現実に存在する法人であり、かつ、本件抗告審判の審決当時現実に手編機(メリヤス編成用)の製作販売をしていたものである。したがつて、当然本件特許の無効審判を請求する利益を有するものといわなくてはならない。
また、本件抗告審判において被請求人らを代理した代理人は、該事件について特に委任状を提出しないものであつても、初審たる昭和二十九年審判第五〇七号事件について受任したときに、その審判の結果に対する抗告審判請求事件に関する代理権限をも授与されており、その旨の委任状を提出したものであつて、該抗告審判事件における適法の代理人たることを失わない。審決が被請求人らの商号や本店所在地について変更のあつたことを看過し、旧のまゝ表示したというようなことも、別に被請求人らの人格の同一性に影響のあるものではないから、これを目して違法の措置であるということはできない。かつ本件のごとく多数人が共同して請求する同一特許に対する無効審判請求事件は、審判の結果がすべての共同請求人に対して合一に確定しなければならぬ理由も必要もないから、仮にそのあるものに違法手続があつたとしても、正当の手続を履践した他のものに不利な結果を及ぼすことにはならないものである。
(二) 原告には本訴を追行する法律上の利益が存しない。
すなわち、原告は本件抗告審判被請求人の一人である訴外萩原編物機株式会社に対して、法定の期間内に審決取消の訴を提起しなかつたか、仮にこれを提起したとしても、法定期間経過後該訴を取り下げたものである。その間の事情は次のとおりである。
原告は昭和三十三年八月八日附本件訴状においては同被告会社を被告として訴を提起したが、同年九月二十八日附訂正書を提出して、同被告を株式会社萩原編物機製作所と訂正し、同会社に訴状及び訂正書が送達され、爾後同会社が本訴被告の一員として、現在に至つている。
右の事実は本件抗告審判被請求人たる萩原編物機株式会社に対して原告が法定の期間内に訴を提起しなかつたか、または法定期間が経過して後に該訴を取り下げたかの何れかに該当するので、結局本件抗告審判の審決は確定し、特許第二〇九一一七号はすでに無効となつているものと考えるべく、したがつて原告に本訴追行の利益はない。
(三) ことに、被告日本手編工業株式会社に関しては、同被告は本件抗告審判の初審たる特許庁昭和二十九年審判第五〇七号事件において請求却下の審決をうけ、右審決の結果は、本件昭和三十二年抗告審判第一二二九号事件の審決においても、そのまゝ維持された。したがつて、原告は右審決の取消を求める利益を有しないのである。
二、被告東京手工芸編物機株式会社代表者は、次のとおり答弁した。
右被告会社は、本件無効審判の初審決において、利害関係なきものとして無効審判の請求を却下され、抗告審判の審決においてもその結果は維持されたものであるから、同被告に対する本訴は訴の利益のないものである。
仮に何らかの理由で、同被告敗訴となつても、同被告は本訴の訴訟費用を負担せしめらるべき理由がない。
三、被告エム式機械製造株式会社及び同東洋編機工業株式会社は、適法の呼出を受けたにかゝわらず、本件準備手続期日及び口頭弁論期日に出頭せず、かつ答弁書その他の準備書面をも提出しない。
理由
一、被告日本手編工業株式会社及び同東京手工芸編物機株式会社に対する請求について、
右両被告がその他の者とともに原告の特許第二〇九一一七号につき原告を被請求人として無効審判を請求したところ、右両被告に関する限り、その審判請求を却下され、原告は右審決に対する不服の抗告審判を請求したが、右請求は成り立たない旨の審決があつたことは、原告の自ら主張するところであり、本訴は右抗告審判の審決の取消を求めるものである。
ところで、原告が右抗告審判において不服を申し立てた初審の審決は、原告に対する被告両名の特許無効の請求を却下したものであつて、右被告らこそこれに不服を申し立てる利益があるが、右被告両名に関する限りり、原告において何らこれが破毀を求める利益はない。
もつとも、前記初審の審決においては、右被告両名を除くその他の請求人らの請求が認容され、原告の前記特許は無効とされたことは、弁論の全趣旨に徴し明らかであるが、多数の者が同一特許につき無効審判を請求する場合において、これらの者の全部がその請求人であることは、必ずしも右請求の認容されることの要件ではないのと同様に、右初審の審決に対してその被請求人より提起する不服の抗告審判においても、右初審の審決において請求を却下された請求人をも併せてその相手方とすることが、右審決の破毀を求めるための必要要件であるとは認められない。
してみれば、本件抗告審判の請求は、右両被告を被請求人とする部分につきとうてい認容することのできないものであつて、右請求は成り立たないとした本件審決は、右両被告に対する関係において、正当たることを失わない。この限度において、右審決の取消を求める原告の本訴請求はその理由のないことが明らかである。
二、被告エム式機械製造株式会社及び同東洋編機工業株式会社に対する請求について、
右両被告が原告の本件メリヤス編機の特許について無効審判の請求をしたところ、右特許を無効とする、との審決があり、原告からこれに対する不服の抗告審判の請求に及んだが、原告主張の日に右請求は成り立たない旨の審決があり、その審決書謄本が原告主張の日に原告に送達されたこと、しかるに右被告両会社は当時すでに会社の実体がなく、登記簿上の存在たるに過ぎなくなつており、何ら営業として見るべきものを行つていなかつたとの原告主張事実については、民事訴訟法第一四〇条第三項、第一項により、右被告らにおいてこれを自白したものとみなすべきである。而うして、被告右両会社が右のように何らの営業行為をしていなかつたという事実は、他に特段の事情の認むべきもののない限り、右被告らは原告の本件メリヤス編機の特許の無効審判を求めるについて利害関係を有しないことを推認せしめるに十分なものと言わなくてはならない。
被告らの請求にもとずき、右特許を無効とした本件初審の審決及びこれを維持した本件抗告審判の審決は、利害関係のない右被告両名の無効審判の請求を是認した点において違法であつて、本件抗告審判の審決は、右被告両名に対する関係において取消を免れない。
三、本件抗告審判の審決の取消を求める原告の本訴請求は、被告エム式機械製造株式会社及び同東洋編機工業株式会社に対する関係において、その理由があるが、被告日本手編工業株式会社及び同東京手工芸編物機株式会社に対する関係においては、失当である。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 内田護文 鈴木禎次郎 入山実)